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掲載: 2005/05/19
ソース:『bounce』誌 264号(2005/4/25) |
シカゴ・ソウルをベースに、時代のグルーヴを奏で続けたレーベル
文/林 剛
レーベル・ロゴに刻み込まれた〈We're A Winner〉の文字。これはインプレッションズがABC時代後期に残した曲のタイトルでもあるが、ブラック・パワーの台頭に呼応したその曲がR&Bチャートで1位となった68年にカートムは設立された。カートムとは、レーベル設立者のカーティス・メイフィールドとエディ・トーマスの名前をアレンジ(Cur+Tom)したもの。これはもともと古くからの友人同士であった両名が60年に立ち上げた音楽出版社の名称なのだという。その後、カーティスはウィンディCやメイフィールドといったレーベルを、一方のエディはトーマスというレーベルをそれぞれ興し、それぞれの試行錯誤が実を結んでカートム設立へと至った。
| | リリースされたばかりの、カーティス・メイフィールドのライヴDVD「ライヴ・アット・モントルー 1987」(ビデオアーツ) |
それにしてもいきなりの勝利宣言。だが本当にカートムは当時のインディペンデント・レーベルのなかではウィナーだったとも言える。拠点はシカゴで、最初の配給元はブッダ。ダニー・ハサウェイもスタッフとして名を連ねていた設立当初のカートムは、カーティス率いるインプレッションズを筆頭格にメッセージ色の濃い楽曲を放っていたことで知られている。
そんな初期カートムの急先鋒的なカラーは、70年代中期あたりまでのカーティスのソロ作にも受け継がれていくが、カーティスの後釜としてインプレッションズに加入したリロイ・ハトソンが同社の音楽的なブレーンとなりはじめた72年頃からは、サウンドも穏やかでメロウな感触のものへと変化していく。リロイが手掛けたナチュラル・フォーなどはその好例で、この変化はアレンジャーがジョニー・ペイトからリッチ・テューホに交代したことも大きい。それにもうひとつ、ソロ活動で多忙を極めるカーティスを援護する格好で副社長にマーヴ・ステュアート(アメリカン・ブリードなどを手掛けていた人物)が就任したことも多少は影響しているのだろう。ジョセフ“ラッキー”スコット、フィル・アップチャーチ、クイントン・ジョセフ、マスター・ヘンリー・ギブソンといった演奏陣も定着し、裏方としてエド・タウンゼントらも招かれ、70年代のカートムは新たな個性を確立していくことになる。
| | リリースされたばかりの、カーティス・メイフィールドのリミックス・アルバム『Mayfield : Remixed』(Warner Bros./Rhino) |
こうなると、そんなカートムの音を求めて外部からカートム・スタジオにやってくる動きも活発化。ジョーンズ・ガールズが一時カートム入りしたのをはじめ、グラディス・ナイト&ザ・ピップスやステイプル・シンガーズ、アレサ・フランクリンなどがカーティスのプロデュースでブラック・ムーヴィーのサントラを作ったりもした。75年には配給元をワーナーに変えていたカートムだが、この2年ほど前にはジェミゴというサブ・レーベルも発足させており、そこからはノーテイションズらが登場している。
ただ、リンダ・クリフォードがヒットを放った77年頃からカートムにもディスコの波が押し寄せ、RSO傘下に置かれるようになった79年頃には、もはや〈シカゴのレーベル〉というカラーは薄まっていた。もっともそれは音楽的な質の低下を意味するものではないが、フレッド・ウェズリーのヒットが出た80年、カートムはかねてからの財政難などが祟って倒産してしまう。
けれど、話はここで終わらない。その後、地道にソロ活動を続けていたカーティスは、88年に移住先のアトランタを拠点としてイチバン配給の元でカートムを再興したのである。90年にはアルバム『Take It To The Street』もリリース……と、ライヴ中の照明器具落下事故はそんな矢先の出来事だった。以降、半身不随になったカーティスは、96年の『New World Order』で劇的な復活を見せるも、99年末には帰らぬ人に……。寂しいけれど、でもカートムの勝利の音はいつだってわれわれリスナーを温かく出迎えてくれる。楽しみはこれからも続くのだ。 |
文/JAM、出嶌 孝次、林 剛 ESSENTIALS――忘れられない名盤たち その1
THE FIVE STAIRSTEPS 『The First Family Of Soul : The Best Of The Five Stairsteps』 Buddha
カーティス最初のレーベル=ウィンディCの第1弾アクトだったシカゴ出身のバーク兄弟。デビュー当初からキッズ感皆無の成熟したコーラス運びを聴かせ、69年のカートム作ではニュー・ソウル色に寄り添うなど時代に応じた成長を見せた。これはカーティスと無関係なヒット“Ooh Child”も含むオールタイム・ベスト盤。なお、解散後のケニ・バークの活躍は御存知のとおり。(出嶌)
NATURAL FOUR 『Heaven Right Here On Earth』 Curtom/ビクター(1975)
カーティスが発信するシカゴの固定的イメージを早い段階から滑らかに変えてみせようとしていたのが、サンフランシスコ出身のヴォーカル・グループ、ナチュラル・フォーだ。彼らのアルバムはどれも儚さを伴ったスウィートネスと溌溂とした躍動とを兼ね備えた名作の名に恥じぬものばかり。カートムに自由闊達な風を送った彼らの存在意義にも改めて思いを巡らせたいものである。(JAM)
BABY HUEY 『The Baby Huey Story』 Curtom/Water(1971)
ジミ・ヘンドリックスとも友人だった巨漢白人シンガー(26歳で夭折)。ベイビー・ヒューイ&ザ・ベイビー・シッターズ名義で録音していた彼のデビュー作にして遺作で、制作はカーティス・メイフィールド。定番ネタ“Listen To Me”を筆頭に、カーティス本人も後に歌った“Hard Times”やインプレッションズが歌った“Mighty Mighty”などを初期のカートムらしいファンキー&サイケなアレンジで聴かせる。(林)
THE IMPRESSIONS 『First Impressions』 Curtom/ビクター(1975)
エド・タウンゼンドのプロデュースで登場した新生インプレッションズによる第2章。サム・グッデンにフレッド・キャッシュという生え抜きメンバーに、前作『Finally Got Myself Together』から加わったレジー・トリアン、ラルフ・ジョンソンの4人が織り成す瑞々しいソウル・サウンドの数々は、“Sooner Or Later”を筆頭に中期カートムの勢いをそのまま代弁する。誉れ高き名盤だ。(JAM)
THE NOTATIONS 『The Notations』 Gemigo/Curtom/ビクター(1976)
カートムの傘下に設立されたレーベル=ジェミゴで彼らがリリースしたこのワン・アンド・オンリーのアルバムは長らくコレクターの宝物としてしか流通してこなかったが、現在はCD化もなされてマニアの独占物からようやく解放された。内容に関しては多くの文言を必要としない。ただ一言、〈シカゴ・ソウルのもっとも美味な部分をもったいぶらずにすべて詰め込んだ究極の盤〉……それで十分。(JAM)
BILLY BUTLER 『Sugar Candy Lady』 Curtom/Sequel(1977)
ジェリー・バトラーを兄に持ち、60年代にはエンチャンターズを従えるなどしてヒットを飛ばしたビリー。その後もいくつかのレーベルを渡り歩いた彼がカートムから出したのが、セルフ・プロデュースによる本作。セールス的には惨敗だったが内容は素晴らしく、極上のシカゴ・ステッパーズや穏やかなフォーキー・ソウルなど、兄譲りのダンディズム漂う歌唱でディスコ時代を乗り切った。ジャケもいい!(林)
LEROY HUTSON 『Hutson』 Curtom/ビクター(1975)
日英ではカーティスに比肩して評価の高いリロイ・ハトソンの、リッチ・テューホを共同アレンジャーに据えた3作目。理性が吹っ飛びそうになるメロウ・クラシック“Lucky Fellow”をはじめ、鉄壁のアレンジから柔らかいヴァイブが次々に紡ぎ出されてくる。アコギを従えた“It's Different”などを挿んで、朝焼けが似合う“So Much Love”でのシメまで完璧としか言いようがない! クールなジャケも最高な永遠の名作だ。(出嶌)
RASPUTIN STASH 『The Devil Made Me Do It』 Gemigo/Curtom/Sequel(1974)
コティリオンにも録音のあるシカゴの自作自演バンドがカートム傘下のジェミゴからリリースした結構レアな一枚。ジョセフ“ラッキー”スコットとの共同制作でシカゴらしいソリッドなファンクをやっているが、リッチ・テューホの洒脱なアレンジも手伝って全編に清々しい風が吹き抜ける。ジョージ・クリントン曲のカヴァーなど本リイシュー盤に収録の未発表曲からも彼らのファンク魂は十分見て取れる。(林)
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文/JAM、出嶌 孝次、林 剛 ESSENTIALS――忘れられない名盤たち その1
CURTIS MAYFIELD 『Roots』 Curtom/ビクター(1971)
他のカーティス名盤に比べるとやや印象が薄いが、スタジオ録音のソロ作では2枚目となる今作も重要。ファンキーな装いのなかにもメロディアスな旋律を持つカーティス印のサウンドが隅々まで敷き詰められ、同胞に意識高揚を促した“Beautiful Brother Of Mine”、ポジティヴな高揚感に満ちた“We Got To Have Peace”といった傑作曲が並ぶ。ブルース曲をやるあたりに彼のシカゴ・ルーツを見る思いも。(林)
LINDA CLIFFORD 『Runaway Love : The Curtom Anthology』 Sequel
ディスコ・ブームの到来と共に羽ばたき、カーティスとのデュエット盤を含めて6枚のアルバムを残したカートム最後のスター、リンダ・クリフォード。今作は、カーティスのペンによるデビュー曲(73年)やジェミゴに残したシングルなどの下積み期の楽曲から、“Runaway Love”などのディスコ・ヒットまでを総ざらいしたベスト盤。アイザック・ヘイズ制作の80年作『I'm Yours』も丸ごとボーナス収録。(出嶌)
THE STAPLE SINGERS 『Let's Do It Again』 Curtom/Rhino(1975)
ジャケットをご覧いただければわかるように、同名映画のサウンドトラックも兼ねてリリースされたものだが、スタックスを後にした彼らがもともと縁の深かったシカゴに戻ってカーティス・メイフィールドのプロデュースで録音した内容には、オリジナル作品集としてのおもしろみも十分。有名なのはやはりタイトル曲だと思うが、同曲に限らずレパートリーは古巣シカゴの息吹に溢れたものばかり。傑作。(JAM)
CURTIS MAYFIELD 『Do It All Night』 Curtom/ビクター(1978)
ディスコ時代の作品ゆえ、いわゆる〈名盤系〉ガイドでは100%無視される一枚。ジャケもひどい。ただ、時代の要請に応えつつ自身のマナーを貫き通したアレンジの才は凄まじく、そうでなくても8分以上もダイナミズムが持続する表題曲に始まる長尺3連打でKOだ。うっすらしたグルーヴ感がヤバいバラード“In Love, In Love, In Love”に、仄温かいアップ“You Are You Are”など佳曲だらけ。私の耳がおかしいのかね?(出嶌)
MYSTIQUE 『Mystique』 Curtom/Sequel(1977)
インプレッションズのメンバーだったラルフ・ジョンソンが元ロスト・ジェネレーションのフレッド・サイモンらと結成した4人組。制作陣にはジェリー・バトラーやリッチ・テューホといったシカゴ勢のほか、フィリーからバニー・シグラーも招かれているが、アルバムの全体像にブレはなく、洒落たサウンドと洒脱なハーモニーが全編くまなく響き渡る。カートム屈指の隠れた好盤である。(JAM)
VARIOUS ARTISTS 『The Curtom Story』 Metro
ウィンディC〜メイフィールド〜トーマス〜カートムの音源を2枚組にまとめたマルチ・レーベル・ベスト。著名曲はもちろん、メイヴィス・ステイプルズ“Chocolate City”などの入手困難曲や、ジューン・コンクエスト“All I Need”やメイジャー・ランス“Little Young Lover”、フレッド・ウェズリー“House Party”などシングル・オンリーの楽曲がズラリ。アノ人もカートムにいたの?的な発見もあれこれ多いはず。必携。(出嶌)
ED TOWNSEND 『Now』 Curtom/Sequel(1975)
マーヴィン・ゲイ“Let's Get It On”の共同制作者として名を上げたエド・タウンゼント。その腕を買われ、インプレッションズの70年代作品を手掛けるなどしてカートムに新しい風を吹き込んだ彼は、本ソロ・アルバムの制作も許された。70'sカートムの腕利き連中をバックにセルフ・プロデュースで録音。裏方らしい(?)シブ声でファンキー&ジャジーに揺れる小粋なオヤッさんぶりが味だ。(林)
THE FASCINATIONS 『Out To Getcha!』 Sequel
カートムの前身のひとつ=メイフィールドに2年間でシングル5枚(すべてカーティス制作)を残したガールズ4人組、ファシネイションズの編集盤。モータウン風のノーザン・ビートでイキイキ歌う初期もいいし、アレサ・フランクリンの〈貴方だけを愛して〉をモロに模倣した“Hold On”など歌い込みを深めた後期もディープで味わい深い。本作にはダニー・ハサウェイも在籍したメイフィールド・シンガーズのシングル曲も追加収録!!(出嶌)
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