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第3回 ─ YOU THE ROCK★『THE SOUNDTRACK '96』〜ユウさんに怒られたら一人前!


掲載: 2008/01/31
更新: 2008/02/07

希代のエンターテイナーにして、ヒップホップの未来を担うラッパー、サイプレス上野の月刊連載! 日本語ラップへの深〜い愛情を持つサイプレス上野と、この分野のオーソリティーとして知られるライター・東京ブロンクスの二人が、日本語ラップ名盤を肴にディープかつユルめのトークを繰り広げます。今回取り上げる作品は、〈真っ赤な目をしたフクロウ〉ことYOU THE ROCK★のアルバム『THE SOUNDTRACK '96』。

文/東京ブロンクス



ドカベン・岩鬼スタイルで枝リヴァイヴァル(前回参照)を企てるサイプレス上野

●今月の名盤:YOU THE ROCK★『THE SOUNDTRACK '96』

いまやお茶の間レベルの知名度を誇るエンターテイナー、YOU THE ROCK★が96年にリリースしたメジャー第一作目。DEV LARGE、MUMMY-D、TWIGYほか14人のラッパーが怒涛のマイク・リレーを繰り広げる“BLACK MONDAY '96”ほか、全16曲を収録。(bounce.com編集部)

 
ブロンクス ではYOU THE ROCK★『THE SOUNDTRACK '96』ということで。

上野 ユウちゃん・ダ・兄貴*1時代っすね。
*1 当時のYOU THE ROCK★の愛称。

ブロンクス 最初に言っておきたいのは、『THE SOUNDTRACK '96』はユウさんにとって3枚目のアルバムということ。

上野 そうなんすよね。みんなこれが1枚目だと思ってる。
YOU THE ROCK & DJ BENによる93年作『TIGHT BUT FAT』

ブロンクス ちなみに俺は『TIGHT BUT FAT』が一番好き。日本語ラップ冬の時代を生き抜いてきてる人だからこそ説得力があるんだよね。

上野 あと『THE SOUNDTRACK '96』のブックレットにユウさんが書いてるタグは超真似した。当時の基準って言うか。みんなこれと同じになりましたよね。

ブロンクス そうそう(笑)。あと「東京ストリートニュース」誌に載ってたKAZZROCK*2のタグ講座。
*2 日本を代表するグラフィティ・ライター。

上野 これ見てタグなんて知らなかったヤツらが、学校とかで超練習し始めた。それにしてもこのアートワークは改めてみるとすごいな。会社が入れる文字以外は全部タギング(笑)。

ブロンクス ほんとすばらしいね。で、この次の『THE★GRAFFITI ROCK '98』になると、いま現役で活躍しているグラフィティ・ライターが沢山参加してるんだよね。ユウさんと初めて会ったのはいつ頃なの?

上野 初めて会ったのは高1か高2くらいのときかな。〈会った〉っていうか〈話しかけた〉っていうか(笑)。ブッダ(・ブランド)が帰国して、DEV LARGEプレゼンツみたいな形でベルファーレで何発かイベントがあって。それに行ったときに「ユウさんだあ!」みたいな感じで。

ブロンクス でもユウさんってハンパな気持ちで話しかけると、結構返り討ちにあうことが多くなかった?

上野 そうそう。「お前はどうなんだよ?」みたいに返されて。途中から先生と生徒みたいになっちゃって。

ブロンクス オレも昔はだいぶ怒られたもんなあ。当時のユウさんに怒られてない奴は本物のヘッズとは言えないぜ(笑)。

上野 このアルバムは96年当時の象徴ですよね。みんながポンポン作品を出していったなかで、真打ち登場みたいな。全員がサポートして。

ブロンクス このころユウさんは率先してシーンを引っ張ってたもんね。

上野 「日本語ラップ代表ッ!」って言ってましたからね。それがガツンと来て。

ブロンクス あと、俺らにとってはやっぱりラジオ番組の「ユウ・ザ・ロックのヒップホップ・ナイト・フライト」がほんとにデカかった。1回目から聴いてた?

上野 聴いてました。

ブロンクス さすが〜。俺、1回目は「いつやるんだろう、いつやるんだろう」と思ってたら、いつの間にか終わってたんだよね(笑)。

上野 けど、俺も初回は1時間逃しましたよ。寝ちゃって起きたらちょうど(キング・)ギドラがライヴ始めた時で。朝までずーっと後悔してた。

ブロンクス あの番組の放送情報ってホントに限られたところにしか載ってなかったよね。確か「bmr」誌か「REMIX」誌のニュース欄とか。

上野 完全に不定期の番組だったしね。新聞をちゃんと見てないと駄目。ラジオ欄にいきなり〈ナイト・フライト〉とかだけ書いてあって。

ブロンクス それも、一度全部の放送が終わったあとの時間に(笑)。

上野 朝5時までやってたからね。この後、学校じゃねーかよって(笑)。で、その場で録ったテープを学校に行くまでに聴き直す。「ナイト・フライト」で「電話でフリースタイルしてこいやーっ」みたいなコーナーがあったじゃないですか。ウチの電話は子機がなかったんだけど、コードは長かったんですよ。で、風呂場に電話持っていって(笑)。

ブロンクス うわあ〜。

上野 「yeah〜YOU THE ROCK★さん、カマすぜ」とか、夜中に風呂場で1人でずーっとブツブツブツブツやって。当然、採用されなかったけど(笑)。

ブロンクス 俺も「フリースタイルさせてください」って暑苦しいメッセージ書いて、近所のコンビニからファックスしたよ(笑)。で、ダッシュで帰ってもう一回ラジオつけて。

上野 けど、そこまでさせるだけの力があった。

ブロンクス 私利私欲とかじゃない、一番美しい時代だよね。そこをラジオで切り取ってくれた。その後、みんなディールとかを取り出してから派閥が分かれて行ったけど。

上野 収録スタジオにラッパーがみんな集合してた。普通にGAKU(MC)さんとかもいましたもん。「GAKU君も来てるぜ!」って。そのとき、みんな繋がってるんだと思った。ディスったりもしてたけど、すげぇな、この絆は……っていう。

ブロンクス で、フリースタイルでそのまま終わってく。当時はあの真夜中の時間に何かが起こってたよ。で、月曜日はマジやる気ない。5時までラジオやってたのに、それで8時過ぎに学校行くんだからたいしたもんだよ。

上野 朝日が昇るくらいまで聴いて。ちょっと寝て。

ブロンクス それですぐ寝れたらいいんだけど、最後がフリースタイルだから興奮してソワソワしちゃってね。ちょっと歌詞書いてみたり。

上野 レコード聴いたり。

ブロンクス 気絶してすぐ起きるみたいな。

上野 親にビンタされて「早く行け!」とか言われて。
2パック主演映画「JUICE」のサントラ盤『Juice』

ブロンクス あの経験はしとくべきだよね。映画「JUICE」のオープニングみたいな。

上野 そうっすね。そこまでさせる何かが……。だからこそ、ユウちゃん・ダ・兄貴だったんだよね。この人ならなんとかしてくれんじゃないかなあ、みたいな感じで。



手にしてるのは当時のユウさんTシャツ。真っ赤な目をしたフクロウ!

上野 俺、一回、LICENSED 2 DEF(L2D)*3に加入を懇願して。
*3 YOU THE ROCK★率いるヒップホップ・ポッセ。イーモトロールらが所属。

ブロンクス 懇願したの(笑)?

上野 高3の時だったんだけど、ハーレムでユウさんにデモテープ渡して「マジで入れてください」ってお願いしたんすよ。そしたら「よし、明日、お前クラブチッタ来い!」って言われて。で、チッタに行ったらユウさんが「お前らそこに立ってろ。舞台の袖からオレのライヴ勉強しとけ!」って言うからさあ、ドリームラップス*4全員で気をつけの姿勢(笑)。で、ライヴ終わってからも延々待ってたら、そこを通りかかったRINOさんたちに「お前ら何やってんの?」って言われて。「ユウさんに言われて立ってます」って答えたら「ユウちゃんもう帰ったよ?」って。
*4 上野氏が以前所属していたヒップホップ・グループ。

一同 (爆笑)。

上野 で、「L2Dに今日から入れてもらえるってことだったんすけど」って言ったら「自分でやったほうがいいよ」って。

ブロンクス それはそれで間違いない(笑)。

上野 でも最近になってようやく、ユウさんと2人っきりでしゃべる時間も出来た。苦節10年で。最初に一緒にやった時点では緊張しちゃってしゃべれなかった。あの(ロベルト)吉野ですらガチガチで、YOU THE ROCK★という人間を直視できない。吉野って、RHYMESTERとかスチャダラパーにはそんなに思い入れないんすよ。けど、ユウさんだけは「ヤバいっす……」みたいな感じで。

ブロンクス ユウさんって、その袖で立たせたエピソードもそうだけど、ビートたけしの“浅草キッド”って曲みたいな、東京の昔ながらの芸人の気風があるよね。

上野 勉強になったなあって。

ブロンクス それが『THE★GRAFFITI ROCK '98』になるとまたちょっと違うもんね。あの頃は、〈ヒップホップ最高会議〉*5の千葉さんのウィルスがユウさんに伝染して、ユウさんもスペイシーな時期に入っていった(笑)。その時代はその時代で俺も〈エレクトロサミット〉*6とか毎回通ってたし、すげえファンなんだけど。
*5、*6 どちらも、千葉氏らが主催していたエレクトロ・ヒップホップのイベント。

上野 名前変えてエレクトロやったりしてましたからね。俺たちもそれに影響受けて、オールドスクールを超掘ったりした。

ブロンクス 98年頃のユウさんは、エレクトロとかオールドスクールとかに行ってた。そのときはもうメインストリームとか関係なくやってたんだろうけど、俺らはユウさんを信じてたから、それが主流だと思って追っかけてたよね。
太華とラテン・ラスカズが手がけた日本語ラップのマスターミックス作品『MASTER CUTS ILL SKILLS』

上野 それはあった(笑)。みんなピコピコいってるもんとか、やたら買ったりしてたもんな。ラテン(・ラスカズ)さんのエディットもののミックス・テープとかめちゃくちゃ買ったりしてた。なんだったんだろう、あの時代は(笑)。

ブロンクス でも、肥やしにはなってるよね。
マルコム・マクラーレンのデビュー作『Duck Rock』。角ラジカセの元祖!

上野 『THE★GRAFFITI ROCK '98』に入ってるSHINCOさんの曲とかもオールドスクール・フレイバーでしたよね。“DUCK ROCK FEVER”。

ブロンクス “DUCK ROCK FEVER”ってタイトルがもうマルコム・マクラーレンでしょう。当時、千葉さんが「ラジカセは電波をキャッチすると角が生えてくる」って言ってた(笑)。
ZEN-LA-ROCKの初アルバム『ZEN-LA-ROCK』。サイプレス上野も参加

上野 (爆笑)。千葉さん最高だなー。ZEN-LA(-ROCK)くんのアルバムでも、千葉さんのヴァースは3本録ってるんだけど全部ラップが違うんだよ。真ん中からと左右からで全部一緒に流れてて。意味わかんねえし、すごすぎる(笑)。……ヤバい、『THE★GRAFFITI ROCK '98』辺りの話になってきちゃった。

ブロンクス そうだね。まあユウさんの軌跡をたどるうえで、96〜98年あたりの動向は欠かせないから。



今月のスナップ:映画「トイ・ストーリー」のグラサンがかわいい。イスラム帽も当時のユウさんグッズ!

上野 でも『THE★GRAFFITI ROCK '98』の頃には、一般の人も巻き込んだヒップホップ・ブームは落ち着いてたかもしれない。俺らはヒップホップにどっぷり浸かってたから気付いてなかっただけで。『THE SOUNDTRACK '96』の頃って高校生だったんだけど、結構みんながヒップホップ買ってたんすよね。

ブロンクス その後にV-BOY*6になるようなやつらも当時はB-BOYを気取ってたよね。
*6 Vネックのセーターやロングコートを着て、メッシュの入ったロン毛で、色黒で……みたいなスタイルの男をこう呼んだ。後のギャル男。

上野 V-BOY(笑)!

ブロンクス あいつらは……当時の俺らの天敵だった。高校生イヴェントとか、ギリギリ同じ場所にはいるんだけど。努力しないでモテてるチャラい奴ら(笑)。

上野 B-BOYっぽかったやつがV-BOYになって、その後メロコアが流行ったらそっちに流れていった。どんどん変わっていったよね。

ブロンクス そうそう。二度大きな波があった。V-BOYとメロコア・ブームでヒップホップ人口が下がった。

上野 全部持ってかれたよね。俺と一緒にスケボーやってたやつらも、バンドに流れていったもんなあ。「ふざけんなよ」と思った。

ブロンクス 〈AIR JAM〉とかマジで嫌いだったよ。「なんで俺ら日本語でやってるのに、あいつら英語でやってんだ?」っていうところからぶつかってた(笑)。

上野 英語なんかでやりやがって、ふざけんなって(笑)。

ブロンクス 俺にしても上ちよ(上野氏)にしても、あとTOKONA-Xもそうらしいんだけど、当時は〈俺のHIP HOPノート〉みたいなものを作ってたりして。「俺にとってのヒップホップとは〜」とか「韻を踏むのはある意味制限だけど〜」とか書いてた(笑)。純粋過ぎてマジで馬鹿。

上野 誓約書みたいに。ヒップホップに対しては真摯な態度で臨んでたよね。俺たちは遊びじゃねえんだよ! って思ってた。

ブロンクス それはまさにユウさんのスタンスだよね。

上野 『THE SOUNDTRACK '96』のレコーディング中って、弁当代が100万円超えたって、石田さん(ECD)が書いてたよね。たぶんスタジオにみんなが入り浸ってたんろうけど、そういう空気がアルバムから伝わってくるよ。“BLACK MONDAY 96”も、フィーチャリングが〈MICMASTERZ14〉になってる。いちいち名前を書いてない(笑)。マイクを2本立てて、その場で全部録ったりとか。そういうノリがすごい。

ブロンクス ユウさんは最初から最後まで一発で録るっていう伝説があるよね。3ヴァース目で失敗すると最初からやり直すっていう(笑)。でも、そうじゃないと出せない空気ってあるよね。

上野 確かに。俺も録ってて、疲れてきたくらいの時が、実は一番調子良いんですよ。ライヴっぽくなるというか。

ブロンクス 上ちよはそういうタイプかもしれないね。後継者。

上野 一発録りの後継者(笑)。いまの高校生と俺らの高校時代とはまったく世界が違うだろうね。いまだったら普通に〈PRO TOOLS〉とか使ってそうだもん。

ブロンクス 俺らはダブル・ラジカセでエア・チェック世代だもんね。あとテープのMTR。

上野 そう。ユウさんが言うことを信じてCOBYのプレイヤーとか買ってたよね。SONYじゃなくて。NYではSONYが買えないからCOBYなんだろうけど、こっちで買ったらCOBYの方が高い(笑)。それでも絶対COBY! みたいな感じだった。

ブロンクス 枝くわえた高校生がね(笑)。安いからすぐ壊れるけど、そういうものを使ってた。

上野 『THE SOUNDTRACK '96』は、いまの子が聴いたら、もしかしたら「ラップ下手じゃないすか?」って言うかもしれない。あと「なんのこと言ってるんすか?」とか。そういうことじゃないんだよな。

ブロンクス ユウさんはこのアルバムではスキル全開に聴こえないかもしれないけど、『TIGHT BUT FAT』の頃とか、すでにめちゃくちゃ上手いんだよね。その後、いまに至る喋りかける様なスタイルに移行していく。その途中だから、パッと聴いて驚くかもしれないけど、ちゃんと理解して聴けば下手でもなんでもない。

上野 初期の頃のスタイルもかっこいいすよね。レゲエDJ調というか。
ヒップホップの精神的支柱、KRSワンの95年作『KRS-One』

ブロンクス やっぱKRSワンに憧れてた人だし、ラップのスキルをおろそかにする人ではなかったよね。KRSワンも途中から語り口調になっていったしさ。

上野 そこを正しくわかってもらいたいですね。ともかくこれはタイトル通り、俺らの過ごした96年のサントラですね。

ブロンクス おっいいね。キレイに締まったね。ということで、ブンバイバイHIPHOPネバダイ! HOLLA!!

 
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