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掲載: 2008/04/24
ソース:『bounce』誌 297号(2008/3/25) |
ヒット請負人、ナラダ・マイケル・ウォルデンのアーバンな日々
文/林 剛
ナラダ・マイケル・ウォルデンという名前を聞くと〈スーパー・プロデューサー〉と言ってしまいたくなるのは、そういう冠の来日公演(95年)があったから……ではなく、本当に彼がスーパーなプロデューサーだからだ。ホイットニー・ヒューストンらの出世に貢献したナラダは、現在に至るまで数々のアーティストをサポートし続け、映画音楽にも積極的に関わってきた。特に自身のターパン・スタジオをオープンした85年以降は、グラミーの栄誉に浴すこと数回。プロデューサー/ソングライター/ドラマー/シンガーなどマルチな肩書きを持つ人だけに逆に捉えどころがなく、ソウル・ミュージックとしては中庸な印象も受けるが、アーティストの〈素〉を引き出すことに徹した演出法は、歌に重きを置くソウル系アーティストとも抜群の相性を見せてきた。
そもそもナラダ(52年生まれ)はジャズ系のドラマーとして活動を始め、21歳の時にマハヴィシュヌ・オーケストラに加入し、その後はジェフ・ベックらの作品に参加。よってアトランティックと契約して発表したアーティスト・デビュー作『Garden Of Love Light』(76年)もフュージョン/クロスオーヴァー寄りの作風だった。だが、79年のヒット“I Shoulda Loved Ya”前後からは、アーバンなサウンドのなかで黒いルーツを露わにしはじめ、NYやLAのシーンと付かず離れずの距離を保ちながらソロ活動と裏方業をこなしていく。ドラマーらしく、厚みと弾力性のあるボトムを特徴としたナラダのサウンドにはシーンを開拓していくような勢いがあり、結果的にはクインシー・ジョーンズやナイル・ロジャーズに次ぐブラコンの担い手に。そのことは、それ以前にクインシーもしくはナイルと組んでいたアレサ・フランクリンやシスター・スレッジが共にナラダのサポートを求めたことも何よりの証拠だろう。そろそろ、その偉業を真正面から評価したい。 ▼ナラダが関与した代表的なロック作品を紹介。
| | ジェフ・ベックの76年作『Wired』(Epic) |
| | ロバート・フリップの79年作『Exposurer』(E'G/Discipline) |
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