ホームテキスト
第6回 ─ ZEN-LA-ROCKを迎えてのエレクトロうちあけ話
1 2 3
まとめ読み

掲載: 2008/05/01



ブロンクス だから、当時のオールドスクールの盛り上がりは、〈BREAK BEATS〉とか〈HIPHOP最高会議〉とか、そういうものすごい狭いところから生まれた流れだったんだよね。

ZEN-LA でもそこから始まって、脱線とかスチャも加わっていって、みんながひとつになったんだよ、たまたま。それはやっぱりユウさんがデカかったんじゃない?

上野 そうすね〜。だって雷にいたのに、いきなり「オールドスクールだ! エレクトロだ!」って言い出して。それで俺たちみたいなB-BOYがみんな取り残される感じでしたよね。何が起きてるのかわかんないっていう。

ZEN-LA だから雷の会議で、ユウさんもすごい説得されたらしい。“HOO! EI! HO! '98”を出そうとした時に、「それは止めたほうがいい」って。近田春夫の曲を持ち出して、あんなに古いフロウでやる意味がわからない、みたいな。

ブロンクス ユウさんは、もともと日本のオールドスクールから入った人だもんね。

ZEN-LA そうそう。で、俺はそういうの好きだったからさ。でもなんでユウさんのなかで、その時オールドスクールが来たのかは詳しくはわからない。

ブロンクス フロントマンとしてユウさんがいて、キーパーソンとして千葉さんがいて、それを荏開津(広)さんが文章で広げるっていう。

上野 そこにLBの人たちとか福富さんとかも入ってきた。

ZEN-LA それが『ILL-CENTRIK FUNK VOL. 1』になってってことだね。素晴らしいね。

ブロンクス その頃の上ちよ(上野)の話をもうちょっと聞きたいんだけど……。

上野 いやもう今回は聞き役に徹しますよ。ZEN-LA君の話が面白過ぎるから(笑)。

ZEN-LA 当時の3年間くらいは色んな洗礼があり過ぎて、もうほとんど記憶がないもん。毎晩、一緒に遊んでるのは30過ぎのおじさんばかりだし。無茶苦茶だよ。ほんとに無垢の18歳が狂わされたからね。

ブロンクス 当時のZEN-LA君はエレクトロが流行ってたシーンじゃ俺ら世代のトップ・ランナーだったからね。

ZEN-LA 俺もその頃は、オールドスクールのことしか考えられなかったから。それを突き詰めていくと、どんどん友だちがいなくなる(笑)。ほんと同世代で仲良かったのはサイト(東京ブロンクス)とSDPのKANE*4くらい。
*4 グラフィティ・ライターでありSDP代表。246GRAPHIXとして多くのCDジャケットもデザインしている。

ブロンクス あとうどん君(DJ DONSTA)。
レッキンクルーの03年作『NEW』。ZEN-LA-ROCKも参加

ZEN-LA うどん君ね! ほんとスティル・アンダーグラウンドな(笑)。確かうどんと、しゅんた(レッキンクルー)が同じ高校だったのかな。

上野 レッキンがZEN-LA君をフィーチャーしたライヴをやるっていうから「これは見ないと」と思って、超オールドスクールな格好して行ったのおぼえてる。もう歯軋りして見てましたからねえ。だからZEN-LA君とかレッキンはほんと憧れだったんすよ。

ZEN-LA 俺もサ上と最初に会ったときのことはよくおぼえてるよ。三宿WEBで〈Two,Three,Breaks!〉ってMummy-Dさんとかのイベントがあったじゃない。あれに行ったら『建設的』のTシャツ着たやつがいて。でもよく見たらブートなんだよ。それが上野だった(笑)。
名曲“東京ブロンクス”を収録した、いとうせいこう&タイニーパンクスの87年作『建設的』

ブロンクス 俺も一応“東京ブロンクス”をレペゼンしてたから「〈建設的〉ってなんだ? ビーフか!?」と思った(笑)。

上野 結局みんなオールドスクールが好きなんですよね。俺も大学入ったくらいで〈蟹BASS〉*5とかめちゃくちゃ行ってて。千葉さんを見かけて話もちょっとしたんですけど……そのとき、もう崇高すぎてついていけないと思った(笑)。
*5 千葉氏らが主催していたエレクトロ・ヒップホップのイベント。

ZEN-LA ヒマラヤ山脈みたいな人だからね。

ブロンクス 千葉さんのすごいところは、超ぶっ飛んでて目立ちたがり屋なのに、ラップする時は照れてるっていう(笑)。

ZEN-LA 〈蟹BASS〉で面白かったのは、千葉さんがラップする時にラップトップを立ち上げたことがあってさ。「お〜最先端!?」と思ってモニター見たら、歌詞が書いてあるだけ。

一同 (爆笑)。

上野 すごい時代だったなあ……。でもあの頃は、そういう面白いイヴェントがたくさんありましたよね。

ブロンクス 当時人気があったメイスとかより、バンバータの方がフレッシュに感じたもんね。まあいま考えるとメイスのフローの方がフレッシュだったんだけど(笑)。

上野 ドリームラップス*6も解散して、あまりいい記憶がない時に、そういう面白い人たちと出会って。千葉さんに会った時とかすげえ感動しましたもん。
*6 上野氏がかつて所属していたヒップホップ・グループ。

ZEN-LA 俺が最初に千葉さんに会った時「千葉山田〜さんと、脳フレッシュピチピチ〜さんと、宙Pfxさんって人が気になるんすよね」って言ったら「それ全部ぼくで〜す」って言われて、「ええ〜同一人物なんすか!?」ってびっくりして。

上野 フライヤーごとに、毎回名前が違うんだよね(笑)。
漢の05年作『導〜みちしるべ〜』

ブロンクス それこそが、まさに和製ラメルジーだよね。意識してるのかしてないのか(笑)。それでも〈HIPHOP最高会議〉には妄走族も来てたし、ユウさんもいたし、漢くんもいた。

ZEN-LA 千葉さんが90年くらいの〈ロックステディ・パーク〉に行って、これを日本でやりたいと思ったのが動機なんだよね。あとKCDの存在も大きい。千葉さんがヒップホップをやり続けられたのは日本にKCDさんがいたからじゃないかな。

ブロンクス KCD君! 中尊寺ゆつこさんのヒップホップ漫画「ワイルドQ」のモデルだよね? やっぱりオールドスクールって言ったら服だけどBBP*7も究極だな。じゃあ最後は上ちよの総まとめを。
*7 NYと東京に拠点を置くクリエイティヴ・プロダクション。前述のKCD氏はアート・ディレクションを担当。

上野 今回は無理ですよ! すごすぎてよくわかんないすもん(笑)。

ZEN-LA まあ向こうの〈ズールー・アニヴァーサリー〉を見れば、こういう感覚は一発でわかると思うんだよね。こっちは勝手なズールー解釈でやってたけどさ。

ブロンクス 俺はデフ屋で買ったバンバータのお面にバムさんにサインしてもらったよ(笑)。

上野 その後、『ILL-CENTRIK FUNK VOL. 1』の面子は、みんな個々に活動していって……。でも、それが若いやつに繋がっていってない気がするのはちょっと寂しいよねえ。

ブロンクス やっぱり早すぎたんだよ。裏原でラメルジーが流行るのだって、これのだいぶ後でしょう。最近もナードな奴らの間では、またエレクトロが流行ってるし。

ZEN-LA フレンチ・エレクトロとかもあるしね。確かにいま丁度良いかもね。

上野 これ〈VOL. 1〉ですもんね。この時点では〈VOL. 2〉を出す予定もあったんじゃないすか?

ZEN-LA リリース・パーティーの時点で、これのA&Rの人は顔が真っ青になってたからね。「全員ぶっ飛びすぎてて仕切れません、無理です」と(笑)。だから〈VOL. 2〉はなかったんでしょ。
ZEN-LA-ROCKの07年作『ZEN-LA-ROCK』

ブロンクス まあでもZEN-LA君の去年のアルバムなんかは、ある意味〈VOL. 2〉なんじゃないの。

ZEN-LA 個人的には当時の色んなことをアルバムに落とし込んだっていうのはあったよ。あの頃の影響がすべて過ぎて。そういうやつが一人くらいいてもいいかなって思うし。サ上も日本のオールドスクール好きってところで一緒だと思うし。これから1、2年でまた目茶苦茶になって、面白くなるんじゃないかなって思うけどね。

 
▼ZEN-LA-ROCK、サイプレス上野の関連作品を紹介
4月23日にリリースされたZEN-LA-ROCKのライヴDVD『SPACE CONVENTION』
スマーフ男組とSPACE MCEE'Z(ロボ宙&ZEN-LA-ROCK)によるスタジオ・セッション盤『WUKOVAH Sessions』
サイプレス上野とロベルト吉野の07年作『ドリーム』
07年作に再発されたサイプレス上野とロベルト吉野のデビューEP『ヨコハマジョーカーEP』


1 2 3
まとめ読み



サイプレス上野とロベルト吉野 オフィシャルサイト
東京ブロンクス所属〈SDP〉オフィシャルサイト
ZEN-LA-ROCK オフィシャルサイト

この記事をflogに追加
この記事をはてなブックマークに追加

テキストへ戻る


この記事にはトラックバックが可能です
この記事のトラックバックURL:
http://www.bounce.com/tb.php/97257
▼トラックバック一覧(1個)
J-HIPHOP  from hiphop-muzik
最近、人気急上昇中のダメレコからの人気MC KEN THE 390これまで日本のシーンに居そうで居なかった、そして絶対に必要な“等身大の表…
Tracked on 5月3日 2時34分

複数キーワードによる検索も使えます!