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オンライン掲載:2002/01/31
初出:2001年12月25日『bounce』228号


文/宮子和眞
text by Kazumasa Miyako


 先日、NHKのBSで放送されたU2の最新ライヴ の模様を、あなたはご覧になっただろうか。マサチューセッツ州のボストンで おこなわれたコンサートを収録した映像は、全編で2時間弱。おそらく、コン サートで演奏された曲がすべて収められていたのだろう。日本公演は実現して いない2001年のU2の姿を、そこで僕は堪能することができた。

 そのライヴでなによりも強く感じたのは、現 在のU2が、いままでになくオーソドックスで、楽曲を楽曲として聴かせるバン ドになっているということだ。思想とか、政治性とか、音楽的なルーツとか、 いままでの彼らを語るときに必ず付きまとっていたそれらの事象は、乱暴に言 えば二の次。あくまで楽曲そのものの美しさや逞しさが全面に出て、思想や政 治性や音楽的なルーツは楽曲のあとから自然とついてくる。2001年のU2は、ひ と言で言うなら、そんな演奏を聴かせていたのだ。

 なにしろ、90年代のツアーに見られたような 派手な仕掛けは、一切なし。オープニング・ナンバーの“Elevation”は、客 電がついたまま演奏されるし、かの“Sunday Bloody Sunday”さえも、正面か ら楽曲の力強さを示すように歌われていく。2000年にリリースされた最新作の 『All That You Can't LeaveBehind』でも、現在のU2は90年代とは違う地点に 立っていることを示していたわけだが、そのライヴの映像を見ることで、彼ら の変化をさらにはっきりと窺うことができた。

 デビューから20年以上を経たU2の〈終わりな き旅〉は、アイルランド期〜アメリカ期〜電脳サイバー期とでも名付けるべき 時代を経て、今、また次なる局面を迎えているというわけだ。


ダブリンで出会った四騎士


U2とブライアン・イーノとのコラボーレション・ユニット、パッセンジャーズ 『Original Soundtracks 1』(Island)。彼らの実験的な側面を窺い知ることができる。予定されていた続編はそろそろ今年あたりか?
 U2はよく〈アイリッシュ・バンド〉という言い方をされるが、4人のメンバーのう ち、生粋のアイルランド人はボノ(ヴォーカル)とラリー・マレン(ドラムス)のふ たりしかいない。そのボノとラリーはアイルランドのダブリン生まれだが、アダム・ クレイトン(ベース)はイングランドのオックスフォード、エッジ(ギター)はイー スト・ロンドンに生まれ、ともに幼少のころにダブリンへと移り住んでいる。つまり 、メンバーの半分はアイリッシュではないというわけだが、しかし、そんな4人がダ ブリンという都市のハイスクールで出会ったことが、U2というバンドのアイデンティ ティーを決定付けることになる。

 では、なぜU2にとってアイルランドという土地が重要になったのか。そこには、 プロテスタントとカトリックというふたつの宗教間の対立が、大きく関与して いる。両者の対立が激しいのは主に北アイルランドだが、北アイルランドは国 としては英国に属するものの、民族的にはアイルランド共和国の方に近いとい う複雑な立場にある。アイルランドのダブリン市民がその影響を受けてきただ ろうことは想像に難くないし、前述の“Sunday Bloody Sunday”も、72年に北 アイルランドのデリーで起こった、いわゆる〈血の日曜日〉事件を題材に書か れている。公民権の拡大を求めるカトリックのデモ隊に英国軍が発砲をし、13 人の命が落とされたという悲惨な事件だ。

 その“Sunday Bloody Sunday”が収められているのは、83年のサード・アルバ ム『War』。『War』は、内容的にもセールス的にも、初期の彼らの頂点といえ るアルバムだが、そこへ辿りつくまでの道のりは、初期アルバムのジャケット に写ったピーター少年の表情が端的に物語っている。76年にハイスクールで出 会った4人が、次第に少年性から脱皮し、社会との関わりをもつようになって いく。80年のファースト・アルバム『Boy』、81年のセカンド・アルバム 『October』、それに『War』の3枚には、その過程が清冽に描かれている。当 時の彼らは、音楽的に見れば、英国のニューウェイヴ勢とも肩を並べるような ギター・バンドだった。

 しかし、エッジの独創的なギター・ワークや、シャープなリズム・セクション、それに力感溢れるボノのヴォーカルは、3枚のアルバムを手掛けたプロデューサーであるスティーヴ・リリーホワイトにも磨かれ、次第に個性を増していく。そしてグループのアイデンティティーを、アイルランドを取り巻く環境に見い出した彼らは、全英チャートで初登場1位を飾った『War』で、最初の到達点に辿りついた。人々の間の対立や紛争に〈 No〉を唱えたアイルランド期のU2は、それゆえに政治的なバンドというイメージを肥 大させてもいったのだった。

アメリカ、そして世界へ

 『War』のリリースによって全米でも大きな人気を得たU2は、その後、自身の音楽的 なルーツをアメリカの音楽に見い出す姿勢を強めていく。アルバムで言えば、84年の 『The Unforgettable Fire』、87年の『The Joshua Tree』、88年の『Rattle And Hum』の3枚の時期だ。

 このころの4人は、アルバムのプロデューサーを務めたブライアン・イーノ とダニエル・ラノワの協力も得て、アメリカの文化とルーツ・ミュージックを 貪欲に吸収していく。ジャズ、ブルース、カントリー、ゴスペル、リズム&ブ ルース……。ロックンロールのルーツを探究する旅に出たU2は、エルヴィス・ プレスリーでも名高いメンフィスのサン・スタジオでレコーディングをおこな い、アメリカン・ミュージックを育んだ数々の著名ミュージシャンとの共演も 重ねていった。ボブ・ディラン、BBキング、ザ・バンドのロビー・ロバートソ ン、ヴァン・ダイク・パークス。中でも、全米チャートで9週間も首位を独走 した『The Joshua Tree』は、U2を世界的なトップ・バンドの地位に押し上げ た。

 そこでは、米国のルーツ・ミュージックを誠実に吸収した4人の姿が描かれ、 初期のころよりずっとふくよかな音楽が鳴らされている。政治的な視点と、加 えて格段に深くなった音楽的な素養。それらを併せ持ったバンドは、『The Joshua Tree』のジャケットが象徴するように、究道的な佇まいさえ見せるよ うになった。しかし、出る杭は打たれる。彼らが生真面目な態度を見せれば見 せるほど、今度は、カタブツのバンドというようなイメージもまとわりつくよ うになる。加えて、スタジアム級の巨大な会場ばかりを回るコンサート・ツアー の連続。スーパー・バンドになったアメリカ期のU2は、もっともロック的では ない場所でしかコンサートをおこなうことができないロック・バンド、という ような矛盾を抱えて込んでいった。 


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