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オンライン掲載:2001/12/13
初出:2001年12月25日『bounce』228号


SOUND STYLISTS
プロデューサーとの深い信頼関係のなかで創られてきたU2のサウンド、その変遷


文/小野島大
 76年の秋、パンク・ムーヴメントのただ中に、アイルランドのダブリンで結成され たU2。79年にアイルランドCBSからEP『U2:3』でデビュー、翌年2月はアイランドと契 約し、ジョイ・ディヴィジョンなどで知られるマーティン・ハネットのプロデュース でシングル“11 O'Clock Tick Tock”をリリースする。ハネットらしいエコー処理を 施したサウンドで、のちのU2らしさが窺える。このあと、アルバムもハネットが手掛 ける予定だったというが、ジョイ・ディヴィジョンのイアン・カーティスが自殺した ことなどのゴタゴタで、急遽、スティーヴ・リリーホワイトに白羽の矢が立った。当 時、ピーター・ガブリエルの『3』やXTCの『Black Sea』など、ゲイト・エコーを多 用した革新的なドラム・サウンドで話題を集めていたリリーホワイトだが、U2のファ ースト・アルバム『Boy』での音作りは、ショート・ディレイを多用したギター・サ ウンドや空間的なエコー処理などにリリーホワイトらしさはあるものの、全体として はごくオーソドックスでストレートなロック・サウンド。もちろんこれは直球ド真ん 中の熱血バンドだった当時のU2の志向に合わせたものだったに違いない。両者のコラ ボレーションはサード・アルバム『War』まで続く。

 みずからのルーツを追求するうち、その背景にアメリカの伝統音楽があることを知 ったU2は、それまでのニューウェイヴ路線からアメリカン・ルーツ音楽探究の旅へと 大きく方向転換していく。その過程で出会ったのがブライアン・イーノとダニエル・ ラノワである。87年のメガ・ヒット・アルバム『The Joshua Tree』は、深く成熟し た骨太なサウンドで、中期U2の最高傑作と絶賛された。

 ルーツ・ロックの頂点を極めきったU2は、一転してコンテンポラリーなポップ/ロ ックへと接近していく。パートナーとして選ばれたのはデペッシュ・モード、ニュー ・オーダーなどを手掛けたフラッド。テクノなど実験的でエレクロニックな新路線を 打ち出したU2の大胆な挑戦は『Achtung Baby』から、ハウィーBやスティーヴ・オズ ボーンまで引っぱり出した『Pop』まで続く。

 新世紀を目の前にした2000年秋、ふたたびイーノ/ラノワと組み、まるで真正面か ら射抜くかのような正攻法の〈歌もの〉を堂々と展開して、またまた大きな話題とな った。ロックの過去から未来をひとまたぎし、ふたたび原点に戻ったU2。彼らの道程 は、まだまだ続く。



U2を手掛けたプロデューサーの、そのほかの代表的プロデュース作品。左上から 、マーティン・ハネットによるジョイ・ディヴィジョン『Closer』(Centre Date) 、スティーヴ・リリーホワイトによるXTC『Black Sea』(Geffen)、ブライアン・イ ーノによるデヴィッド・ボウイ『Heroes』(Virgin)、ダニエル・ラノワによるピー ター・ガブリエル『So』(Geffen)、ハウイーBがプロデュースで参加した“Pomderosa”を含むトリッキー『Maxinquaye 』(4th & Broadway/Island)、フラッドによる、デペッシュ・モード『Violator』 (Sire)


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