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 掲載: 2005/09/08
ソース: 『bounce』誌 268号(2005/8/25) |
祝・再結成! 〈フジロック〉で音の洪水を浴びせてくれた〈恐竜たち〉の大きな足跡をいま一度見つめてみよう!!
文/岡村 詩野
そこにはボビー・ギレスピー以下プライマル・スクリームのメンバーが応援に駆けつけていた。そう、今年の〈フジロック〉に登場したオリジナル・メンバーによるダイナソーJrの再結成ライヴ。3人の〈恐竜たち〉がステージに向かってノッシノッシと歩き始めた時、ステージの袖に集ったボビーは手にしていたビールのコップを高々と頭上に掲げ、ゲイリー“マニ”モーンフィールドは口笛をピューと鳴らした。微笑ましかった。そして最終日、そのプライマルのステージにJ・マスシスが飛び入り参加。国籍は違えど、ダイナソーが与えた影響の大きさをまた一つ思い知ったりもした。
そんなダイナソーJrはディープ・ウーンドを前身にして84年にマサチューセッツ州アマーストで結成。メンバーは、マスシス、ルー・バーロウ、マーフの3人。当初はドラマーだったマスシスがギターへ、ギターだったルーがベースへ、そしてマーフがドラムにパート・チェンジ。85年にホームステッドからファースト・アルバム『Dinosaur Jr.』を発表する。その後、SSTに移籍して『Youre Living All Over Me』(87年)、『Bug』(88年)といずれ劣らぬ力作をリリースし、主にルーとマーフのルーツであったハードコア・パンクと、ニール・ヤングなどへのリスペクトに見られるマスシスのオールド・スタイルのロックンロール指向とが鮮やかに融和していったかに見えたが、ルーがセバドーに専念するために脱退。しかし、91年にブランコ・イ・ネグロから、時の人気プロデューサー、ドン・フレミングも参加した『Green Mind』を発表して、世界的ブレイクを果たす。その後はマスシスの書く憂いあるメロディーとヘヴィーなギター・プレイとを織り合わせた新たな〈ダイナソー・サウンド〉を確立し、『Where You Been』(93年)、『Without A Sound』(94年)と順調に作品を重ねていくが、『Hand It Over』(97年)を最後に解散。以降、マスシスはJ・マスシス+ザ・フォグとしてのソロ活動に転じていたが、今年に入ってフォーク・インプロージョンやソロ・ワークを展開していたルーとマーフというオリジナル・メンバーで再結成を実現させたというわけだ。
〈フジロック〉の現場で〈このまま新作を作る予定は?〉と訊くと、「さぁ、わからないね」とルー。「J次第だから」とマーフ。〈恐竜たち〉の歴史がこのまま続いていくのか、いまだ可能性は闇の中に包まれたままのようだ。 ▼関連盤を紹介。
| | ダイナソーJrのベスト盤『Ear Bleeding Country:The Best Of Dinosaur Jr.』(Rhino) |
| | プライマル・スクリームの2002年作『Evil Heat』(Columbia) |
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 ・Dinosaur Jr. Official Site
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