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M.I.A.

掲載: 2005/06/30
更新: 2005/07/07
ソース: 『bounce』誌 266号(2005/6/25)

降り注ぐ陽の光のような、穏やかなせせらぎのような、猛る大地のいななきのような、突然のスコールのような、そんな原色のリズムが世界中に響き渡る時が来た。革命、熱狂、衝撃──すべての言葉はいまM.I.A.のものだ!

文/轟 ひろみ

楽しい思い出もあるのよ


ひとこと、それが言えればもうOKなんですが……『Arular』は本当に衝撃的で凄いアルバムですよ。あとでダラダラ述べていくような予備知識だとか、演じ手のバックグラウンドだとかは何にも関係ない。そんなもの知らなくても何かが伝わってくるところがこのアルバムの魅力だと思うのですが……そのへんのところはどうですか、演じ手のM.I.A.さん?

  「自分ではそこまで客観的にわからないけど、自分のバックグランドをあえて出そう出そうとしてる音楽じゃないことは確かね。最終的には楽しく、力強くなれるものがいいと思っているから、そんなエネルギーが伝わっているならとても嬉しいわ」。

 そう語るM.I.A.ことマヤ・アルプラガサムは今年28歳のスリランカ〜タミール系イギリス人。内戦下のスリランカで育ち、イギリスに亡命してからはアートの世界で頭角を表し、『Arular』という名の強烈な爆弾を引っ提げて音楽シーンに登場したばかりの才能です。が、そうやって〈爆弾〉とかいう言葉を用いるのは不謹慎かもしれません。少女時代の彼女は本物の爆弾と隣り合わせの環境にいたのですから……。彼女が生まれてしばらく経った頃、LTTE(下記コラム参照)のメンバーだった父親が政府に追われる身となり、家族と離れて暮らすようになったそうです。それでも彼女は必要以上にその生い立ちを強調しようとはしません。強い人です。

  「確かに親戚が殺されたり、飢えに苛まれたり、という辛い時代もあるけど、スリランカには楽しい思い出もあるのよ。いちばんの思い出はやはりあの国のお寺とその文化かしら。朝起きると必ずお寺の太鼓が聴こえてくるの。あの独特の匂い、色……。お祭りの時には何千人もの人がカラフルな衣装を纏って集まってきたり、独特の昂揚感があるのよね。身近な音楽は近所のおばさんが歌ってくれる民謡だったり、ストリートやお寺から聴こえてくる楽器の音色だったりしたわ。あと、小さい頃はとにかく映画が大好きで、近所の大人たちに交じって映画のことを話していたわ。月に1回、近所の家でお金を出し合ってビデオデッキとテープをレンタルして、誰かの家にみんなで集まって4本くらいのビデオを観てたのよ。その日は仕事も学校も行かなくていい、という暗黙の了解があったの(笑)」。

 そんな貧しくも楽しい暮らしにも戦渦は迫り、マヤは母親たちとイギリスに亡命します。86年、彼女が11歳の時でした。

  「うまく言えないけど……小さな頃から、大人になったらスリランカ中で有名になるくらい格好いいタミール女になると信じていたから、がっかりしたのを覚えている。5歳から料理と裁縫が出来るようになっていたし、カカア天下のいい主婦になれるとワクワクしていたのよ(笑)。それと、国を去る日は妙な罪悪感があったのを覚えているわ。友達に別れを告げている時も、〈手紙書くね〉〈いっしょに行けたらいいのに〉と言いながら、残された彼らはこんな幸運をきっと手に入れられないとわかっていた」。

 ……ロンドンにやってきた彼女は、初めて欧米のカルチャー、そしてポップ・ミュージックに接することになります。

  「とにかく初めての外国だから、ワクワクしていて、都会のエネルギーに圧倒されるのかと思ってた。でも、ヒースロー空港を出て、乗った電車から見た風景は、どんよりとした煉瓦造りの家がずーっと続いている地味な街並みで、子供心に〈なんで、こんなに味気ないの? 色も塗らないのかな? いつか、ヘリコプターから大好きな色をたくさんばらまいてもっとこの街をカラフルにしよう!〉なんて思ったわ。スリランカではどんな掘っ立て小屋でも色を塗って花を飾ったりしていたからね。それで、最初に住んだ家の向かいの窓から、TVが見えたの。そこから〈Top Of The Pops〉が目に入って、ビックリしたわ。学校ではみんなマドンナに夢中だったけど、白人じゃない私は絶対マドンナみたいになれないわけだから、どこかしっくりこないでいた。そんな時にパブリック・エナミーに出会ったのよ。もちろん、私も共感できることだらけだったしね。他にはビッグ・ダディ・ケインとか。ヒップホップに夢中になったわ」。

自分なりに感じるビート

 絵を描くことが大好きだったというマヤは名門美術学校に進学し、やがてアートの世界にどっぷり浸かっていきます(もちろん、M.I.A.の作品すべてのアートワークはマヤが手掛けています)。94年頃から数年間はLAに長期滞在したり、エラスティカのジャケやプロモ・クリップを手掛けたり(コラム参照)、アートの世界で華々しい活動を送りながらもやがて音楽への道を選ぶことになります。「最初は音楽をやるっていうイメージはなかった」という彼女ですが、きっかけになったのは2002年に開いた最初の個展でした。
このたび日本盤もリリースされたM.I.A.のファースト・アルバム『Arular』(XL/ソニー)

「幸運なことに、絵を買い上げてくれた人がいて、それがジュード・ロウだったのよ! しかも奮発してくれたからそのお金でしばらくセント・ヴィンセント島に行くことにしたのね。そこで死ぬほどクラビングして、ダンスホール・レゲエに出会った。もう、24時間寝ても覚めても音楽漬けよ! お店によっては道にサウンドシステムを出して、昼も夜もみんな外で踊っていたりするの。そこで本当に音楽が好きになって、強く意識しはじめたわ。あと、島の教会に行った時、ミサの賛美歌で叩く手拍子が違うって周りのおばさんに指摘されて(笑)。それがどうして自分だけこんなに調子っぱずれなのかを分析してみたくて、自分なりに感じるビートを研究してみたの。そうしたら、どうやら変則的なノリが得意だとわかって、そこからその勢いで曲を作っていったの」。

音楽には条件がない

 そしてシンセ(ピーチズと同じMC-505)を購入した彼女はトラックメイキングに没頭していきます。最初に出来上がったのは『Arular』の最後に入っているトラック、その名も“M.I.A.”でした。そうやって完成した数曲入りのデモテープを、「彼の作る音が気に入っていたから、顔も知らないのにクラブを回って探して(笑)」というスティーヴ・マッケイに手渡したことで、この恐るべき怪物、M.I.A.が誕生しました。2003年に12インチ・シングルで“Galang”をインディー・リリースし、たった500枚しかプレスされなかったそのレコードに惹き付けられたXLと契約。昨年の“Sunshowers”で正式デビューを飾っています。そして、このたびの『Arular』に至るわけですが、レゲエとヒップホップをベースに、バングラやらグライムやらエレクトロ、クランク……といった古今東西のおもしろビート音楽を全部掛け合わせて、そこからキモ以外の要素を思いっきり引き算しまくったような内容は、もはや聴いてもらうしか説明のしようがないものです。今回アルバムを完成させた感想をマヤはこのように話してくれています。

  「いままで私の中に蓄積されていたものを全部出した感じね。ほとんど引きこもって制作していたから自分との対話も多かった。少ない選択肢から何を生み出せるかという私の考え方がよく出たアルバムになったと思うわ。私がアートをやっている時に感じたことは、アートはいろんな意味で排他的だということ。ある種の基礎知識が必要だったり、インテリ層のものだったり、お金がかかったり。その点、音楽は万人向けだと思うの。何も条件がない。だからこそ、アーティスティックなだけじゃなく、エンターテイメントの要素も侮ってはいけないのよ」。

 M.I.A.は、マヤは自分の音楽で世界中をカラフルにしようとしているのかもしれませんね。素敵な人です。

文/出嶌 孝次

M.I.A.の秘密を探るためのキーワード&キーパーソン

ARULAR:M.I.A.のファースト・アルバムのタイトルにして、マヤの父親のコードネーム。


CAVEMEN:デビュー・シングル“Galang”の段階からM.I.A.をサポートしている、スティーヴ・マッケイとロス・オートンのコンビ。ユニット結成からまだ日が浅いため仕事量はそう多くないものの、コーナーショップ“Topknot”やパーセプショニスツ“Party Hard”などをリミックスして振り幅の広さをアピールしている。



DAMON ALBARN:ブラーのフロントマン。ゴリラズでの『Demon Days』(Parlophone)が大ヒット中。「昔の彼氏がシンガーでヴァージンとの契約があったから、ヴァージン系アーティストのライヴにはいつもタダで入ってたのよ。で、あるライヴのバックステージにデーモンがいて。ブラーも聴いてなかった私は他の人たちと話していたんだけど、そのうち口説いてきたのね。〈有名だからって別にアンタに興味ないし!〉って言ってやったわ」。



DIPLO:TTC“De Pauvres Riches”のリミックスなどで注目を集め、2004年のファースト・アルバム『Florida』(Big Dada)が大絶賛を浴びた新進ビートメイカー。M.I.A.の“Bucky Done Gun”を手掛け、現在はマヤの彼氏らしい!?



JUSTINE FRICSHMANN:ブリット・ポップ時代の重要バンド=エラスティカのフロントマンにして、前述したデーモンの元恋人。エラスティカの『The Menace』(Atlantic)のアートワークをマヤに依頼し、カメラマンとしてUSツアーにも伴っている。マヤに機材の使い方などを教えた恩人でもある。「ジャスティーンとはデーモンを通じて出会ったの。彼はイヤだったけど、元彼女として紹介してくれたジャスティーンとはメチャクチャ仲良くなった。私も彼女もデーモンが嫌いだったし、すぐ打ち解けたわ(笑)」。


LTTE:スリランカの反政府組織、〈タミール・イスラム解放の虎〉。マヤの父親はそのうちの1グループのリーダーだった。


NAS:NYが生んだ最高のリリシスト……だが、LAでマヤをしつこくナンパしたそうで。「私は〈アンタ、ナズでしょ? 曲では偉そうに説教するくせに、こんなにチャラくていいわけ?〉なんて息巻いてしまって。それから10年経って、いまは何と事務所が同じなの。彼も覚えていて、いまじゃ笑い話よ」。



PEACHES:カナダのハイパー・エレクトロ・パンク・ビッチ(!?)。エラスティカのUSツアーで前座を務め、マヤに出会う。マヤがMC-505を使っているのは彼女の影響だとか。代表作『The Teaches Of Peaches』(Kitty-Yo)のジャケ通り、ピーチ色のホットパンツが強烈!! 「マシーン1台とマイク1本であんなにデカい音を出して、30代半ばでもホットパンツを穿いて……私に勇気をくれたし、お金よりも意欲と根性が必要だって教えてくれた」。



PUBLIC ENEMY:マヤが最初にハマッた欧米のアーティスト。88年作『It Takes A Nation Of Millions To Hold Us Back』(Def Jam)は大傑作。「いちばん衝撃を受けたのがあの独特のスタイルね。セキュリティーが常にステージにいるなんて! スポークスマンのグリフは本当に思想を持っていて、音楽の中心となるチャックDがいて、さらにエンターテイメントなトッピングとしてフレイヴァ・フレイヴがいる。オリジナルな発想でこんなにカッコイイ音楽をやる人たちがいるなんて、と思ったわ」。



ROSS ORTON:ケイヴメンの片割れ。2003年に『The First Fat Truckers Album Is For Sale』(International Deejay Gigolo)をリリースしたファット・トラッカーズの一員でもある。それ以前にはムーチャン・クランのメンバーだったことも。



STEVE MACKEY:これまたブリット・ポップ時代の人気バンド=パルプのメンバーで、ケイヴメンの片割れ。パルプは2001年の『We Love Life』(Island)で活動休止。「スティーヴは対人恐怖症かと思うくらいシャイで、同じ空間で2人っきりの作業なんてできそうになかったから、彼の家の近くにアパートを借りて、なんとトランシーバーで作業したのよ(笑)。そのうち打ち解けたけどね」。



TIMBALAND:マヤのお気に入りアーティストで、M.I.A.のリリックにも彼とミッシー・エリオットの名が織り込まれている。そのミッシーの新作『The Cookbook』(Gold Mind/Atlantic/ワーナー)用にM.I.A.もレコーディングしたようだが、最終的には収録されず。聴きたい!!



2PAC:伝説のサグ・ラッパー。LA滞在時にマヤが出会ったひとりで、95年の傑作『Me Against The World』(Interscope)の視点はM.I.A.にも通じる? 親が反政府活動家だという部分も共通項か。「背景に共通点は多いはずなんだけど……いま思えば彼は、姿かたちから性格、自己破壊的な考え方まで、死んだ従兄弟にそっくりだった。当時の私は本能的に理解できる人に興味がなかったから、あまりつるまなかったの」。



RICHARD X:ブート系リミックスやブレンド盤で名を馳せ、ついにはアルバム『X-Factor Vol. 1』(Virgin)までリリース。『Arular』に数曲でプロデュース参加。シアラ“Goodies”のリミックスにM.I.A.を招いている。



UNDER ME SLENG TENG:プリンス・ジャミーが85年に編み出した超クラシックなレゲエ・リディムで、その後のダンスホールがコンピュータライズを進めていく先駆けとなり、ヒップホップにも多大な影響を与えた。現在はウェイン・スミス『Under Me Sleng Teng』(Greensleeves)などで聴ける。「〈スレンテン〉はパーフェクト。いちばん好き!」。

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