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 掲載: 2002/11/28 更新: 2003/02/07 ソース: 『bounce』誌 238号(2002/11/25) |
〈闘士〉と呼ばれた彼らが対峙していた虚像。あらゆる悲劇を乗り越え、〈ロックンロール・バンド〉に変貌を遂げたパール・ジャムが新作『Riot Act』を発表する!!
文/染野 芳輝 壊れたタイプライター
倉庫を改装したスタジオの一角、カーテンで仕切った落ち着いたリヴィング・ルームのような空間で、エディ・ヴェダーは年代物のタイプライターに向かってなにやら文字を打ち込んでいた(彼らのファンクラブ向け小冊子「Manual For Free Living Vol.19」の巻頭にあるエディのコラムに添えられた写真にも、その時とまったく同じたたずまいのエディが写っている)。そして、インタヴューのために入室した僕らに視線を移し、笑顔でこう話しはじめるのだった。
「修理に出していたやつが、やっと返ってきてね。こいつは俺の大事な道具なんだよ。これに向かっていると頭の中が整理されていくというか……。歌詞もこれで書くんだ」。
そう、このエディの分身ともいえるヴィンテージ・タイプライターから生み出された言葉と、豊かな陰影とエモーションに満ちたシャープなロック・サウンドに彩られたパール・ジャムのニュー・アルバム『Riot Act』が、いよいよ完成したのである。
間に、ツアー全公演のライヴ・アルバム化(全72枚)という怒濤のリリースを挟み、オリジナル・アルバムとしては『Binaural』以来2年半ぶりとなるニュー・アルバム。このインターヴァルはさほど長いものではないが、それは彼らにとって激動ともいえる期間だった。『Binaural』発表直後のヨーロッパ公演で起こった〈ロスキルド事件〉(デンマークのロスキルド・フェスティヴァルにおいてパール・ジャムのパフォーマンス中に9人の観客が圧死)。異を唱え続けたブッシュ政権の誕生。そして、〈9.11〉のテロ事件……。ツアー中、そしてツアー終了後の長い休暇中に起きたこれらの出来事がエディ・ヴェダー、そしてパール・ジャムの音楽になんらかの影響を与えたことは間違いない。
「〈9.11〉のテロにしても、言葉にできないくらいとても難しい事件だったね。バンドとしてもロスキルドの悲劇を経験して、人が亡くなってしまうこと、そしてそれが家族や友人たちに与える影響などを目の当たりにしていたから……。なんて言ったらいいか……人生が変わってしまうんだよ。でも個人的には悲嘆の時期を乗り越えて、次の段階に移っていた。さまざまな事件や、そのなかで考えたことを歌詞に反映させたい、とね」(エディ・ヴェダー、ヴォーカル)。
たとえばリード・シングルとなった“I Am Mine”を筆頭に、アルバムのいくつかの楽曲には彼らが経験したさまざまな事件をイメージさせる描写を認めることができるだろう。
「宗教の違いや指導者への忠誠心が何を引き起こすのか、とかね。でも、それだけじゃなく、さまざまなことが反映されていると思うよ。俺を含めて、人々はいま、アメリカ人としての自己を省みるときだと思うんだ。そして消費者としての自己もね。たとえば、世界の人口のたった20%(アメリカのこと)が世界中の資源の80%を消費している。あるいは、コカコーラは12種類から選べるんだから、選挙で大統領候補が2人しかいなくたって気にしない、なんて風潮とか(笑)。いまの社会では、物事に関するプライオリティーがおかしくなってるんだよね。〈9.11〉のテロをきっかけに、世の中が自己の見直しや子供たちの将来のことを考えて物事の根本を考え直すようになると期待したんだけど、残念ながらそうはならなかった。むしろブッシュは次にイラクを攻撃しようとしてるじゃないか。やたらと恐怖心を煽ることで戦争を正当化しようとしてる。でもわれわれの軍隊が無差別に爆弾を落とすのを横目に、普通に生活できる? それが世界のコミュニティーの一員としての最善の参加の仕方なのかい? とはいっても、パール・ジャムはただのロック・バンドさ。世界を変えるつもりか?と訪ねられたら〈ワォ!〉と答えるだけだよ(笑)。俺たちは、ただ自分たちの頭や心の中にあることをレコードに反映させているだけだ。提案はする。でも判断はみんながしてくれればいいと思ってる」。
| | スタジオ作品としては通算7作目となるパール・ジャムの最新アルバム『Riot Act』(Epic/エピック) |
そうした〈提案〉をするうえでもっともエネルギーを注いだのは「なぜ、こんなことが起こってしまったのか?なんだ」とエディは言う。そのせいだろう、難解なことにかけては群を抜くエディの歌詞が、今回、かなり直接的な表現へと変化を遂げているのだ。
「以前は、なぞなぞのような歌詞を書くことが楽しくもあったんだ。賢く見せたくて、難しく書いていたのかもしれない(笑)。でもいまは、コミュニケーションをとることが大事だと思っているし、みんなとアイデアを共有したいと思っている。いままでは成長の過程だったのかもしれない。その過程を経て、コミュニケートしたいと思うようになった。だからなのかな、自分でもよくわからないんだけど、〈Love〉という言葉も使えるようになったしね」(エディ)。
もしかしたら、これがいちばんの驚きなのかもしれない。このアルバムに収められているハイライト・ナンバーのひとつ“Love Boat Captain”には、こんな一節がある。〈Love Is All You Need, ...../All You Need Is Love, ....〉。
「そうそう。やっぱり歌うのはちょっと抵抗があるけど(笑)、それより伝えることが大切だからね」(エディ)。 |
『Riot Act』が踏み入る新世界
こうして開かれた姿勢はアルバムのサウンドにも直結している。シリアスなトーンが一気に開放的なトーンへと転化する瞬間が随所に用意された『Riot Act』は、現在のパール・ジャムがいかに良い状態にあるかを示した作品でもあるだろう。メンバーはレコーディングを、こう語る。
「今回のレコーディングに入るまで1年以上バンドとしていっしょに演奏してなかったからね、とにかくみんながフレッシュな気持ちで毎日スタジオに来ていたと思う。いっしょに音を出し、それがうまく組み合わさっていくことがとてもエキサイティングだった。エディもすごく楽しんでいて、俺たちまで嬉しくなるような感じだったよ」(マイク・マクレディ、ギター)。
「今回のエディは、本当に〈彼自身が歌っている〉感じがしたね。もちろん、いままでだって彼は偽りなく歌っていたんだけど、どこかで自分自身をプロテクトしているようなところがあったと思うんだ」(ジェフ・アメン、ベース)。
「経験を重ねるなかで、人々とつながる大切さを感じているんだと思う。だから、このアルバムはさまざまなレヴェルで聴き手に向き合ったアルバムだ。きっと、パール・ジャムをより理解したがってるファンにとって、いい驚きになると思う」(マット・キャメロン、ドラムス)。
長い休暇を経て、戻るべきところへ戻ってきた彼らが、社会が発するさまざまなヴァイブを感じながら自分たちの音楽を深く、そして開かれた形で止揚した、拡がりのあるアルバム。それが『Riot Act』なのだと思う。最後はエディの言葉で締めくくろう。
「より良いものを作ろうと努力し、自分たちの基準に見合う作品になったと思う。ちょっと子供を産むのと似てるよね。たいへんな苦しみを経て生まれ、そこでホッと一息つくんだ。頭の形が多少歪んでるかもしれないけど、そのうちちゃんと丸くなることもわかってる。このアルバムもそうだよ。これはトム・ウェイツの言葉なんだけどね、頭の中に曲が何曲もあって、それは外に出さないと金にならないし、常にどうすべきか悩みの種でもある。でも、曲をようやく作り終え、頭もすっきりした。次は、〈さぁ、お父さんのために稼いできておくれ〉、そんな感じだな、いまは(笑)」。 |
文/新谷 洋子 ハイブリッドな音楽的背景を持つバンド、パール・ジャム
そもそもパール・ジャムの原点はストーン・ゴッサードが制作した1本のデモテープにある。それが90年当時サンディエゴに住んでいたエディの手に渡り、強くインスパイアされた彼は歌を吹き込んでシアトルに返送し、最終的にデビュー・アルバム『Ten』の青写真ともなった。以後初期の活動においてはこの二者が音作りを主導することに。基本的にメンバーは皆、60〜70年代ロックからパンク/ニューウェイヴまで、世代的に通過しているだろう音楽はひととおり消化済みで、ニール・ヤングやローリング・ストーンズを接点に持つ。が、シアトル出身のストーンは地元のパンク・シーンに刺激されてギターを弾きはじめながらも、フェイヴァリットに挙げるのはエアロスミスやストゥージズ、ブラック・サバスなどなど。一方、複雑な家庭環境で音楽を救いとして育ったエディは、アンチ・ヒロイズムを掲げるザ・フーやラモーンズを崇め、フガジのイアン・マッケイらの高潔な活動姿勢をお手本にしている。そんなふたりからパール・ジャムの音楽性を突き詰めると、やはり70年代ハードロック=ストーンとパンク/ガレージ=エディのミクスチャー、とするのが妥当だろう。つまり過去を否定するニヒリストではなく、反骨精神も忘れぬトラディショナリスト、かな? また12年前、バンドの仲間を亡くして喪失感を抱えていたストーンとジェフの心に見ず知らずのエディの真摯な歌が触れたからこそ、いまの彼らがある。エモーショナルな雄弁さも重要なルーツなのだ。
文中に登場するアーティストの代表作を一部紹介
| | パール・ジャムが全面的に参加したニール・ヤングの95年作『Mirror Ball』(Reprise) |
| | ローリング・ストーンズのベスト・アルバム『Forty Licks』(Virgin) |
| | イギー・アンド・ザ・ストゥージズの73年作『Raw Power』(Legacy/Columbia) |
| | ザ・フーの65年作のデラックス盤『My Generation(Deluxe Edition)』(MCA) |
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文/新谷 洋子 さらなる高みをめざすパール・ジャムの歩み
『Ten』 Epic(1991) ストーンのギター・リフとエディのヴォーカルという、バンドの出発点に根ざしたデビュー作は、以降の作品に比べると70年代ハードロック色が強く、少々メタリックに傾いたプロダクションが彼らの作中では異質だが、ライヴで各楽曲の素晴らしさは証明済み。失うものがなかった、結成から間もない5人のがむしゃらさを刻んでいる。
『Vs.』 Epic(1993) 発表後1週間に米国で95万枚のセールスをあげた初期の代表作。盟友ブレンダン・オブライエンが初めてプロデュースに参加したのもこの作品だ。ガレージ寄りのアグレッシヴな“Go”からアコースティック・バラードの“Daughter”まで音楽性の幅も広がり、ライヴ色を前面に押し出した彼ら独特のダイナミックなサウンドの原型が形作られた。
『Vitalogy』 Epic(1994) 人気の絶頂にありながらも、意に反して世代のスポークスマン役に祭り上げられたプレッシャーに苦悩していたエディは、カート・コバーンの自殺にさらなる衝撃を受ける。そんな当事の彼の心の内を反映し、重苦しい緊張感を湛えたサード・アルバム。極端にアンチ・コマーシャルな方向性もエディが音作りを主導していたことを示唆している。
『No Code』 Epic(1996) 解散寸前まで追い詰められていた彼らが、ニール・ヤングやヌスラット・ファテ・アリ・ハーンらとのコラボを経て足元を見つめ直すことになった、ターニング・ポイント的アルバム。もしくは〈癒し〉の一枚、か? 内から自然に流れるに任せたような音も言葉も脱力感に貫かれており、それゆえの混沌としたムードさえも心地良い。
『Yield』 Epic(1998) 〈譲歩〉もしくは〈産物〉を意味する言葉をタイトルに掲げ、前作から始まった内省のプロセスをさらに推し進めた5枚目。メンバー全員がソングライティングに参加し、パール・ジャム=エディ・ヴェダーではなく共同体としてのバンドの在り方を追求。リラックスして純粋に音楽作りを楽しみつつ自信を回復していく彼らの姿を伝えている。
『Binaural』 Epic(2000) シングル“Last Kiss”の大ヒットを経て、久しぶりにアグレッションを爆発させる一方、チャド・ブレイクをプロデューサーに迎え、当時の音楽シーンの傾向に応えるようにアブストラクトな音響的実験性を採り入れた意欲作。音が二分されているような印象もあるが、彼らはふたたび大きな音を鳴らして前のめりの姿勢をとりはじめた。 |
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