ホームインタビュー
KICK THE CAN CREW

掲載: 2003/01/09
更新: 2003/01/22
ソース: 『bounce』誌 239号(2002/12/25)

数々のシングル・ヒット〜紅白初出場と上がり続ける彼らの勢いをパックした新作『magic number』がいよいよ到着。2003年の幕開けに相応しいこの傑作のうえで開催されるのは、最高級の大と中と小のSHOW!!

文/田家 秀樹

俺たちはやりたいことをやってる


ジャンルやカテゴリーは打ち破られることで広まってゆく。既成概念や方法論に囚われない自由な発想がそれまでにない新しいオリジナルなスタイルを生んでいく。そもそも、古くは黒人音楽のブルースと白人音楽だったカントリーが融合して生まれたと言われているのがロックンロールである。ひとつのスタイルが認知されると、そこに留まらずにさらに新しい地平に進んで行こうとするパイオニアが生まれてくる。いま、ヒップホップというジャンルの最前線でそうした役割を担っているのがKICK THE CAN CREWだろう。彼らはヒップホップのコアなファン以外の耳にも強烈にアピールすることに成功している。

 「でも、俺たちは6年前からそうでしたよ。ヒップホップを聴く人たちだけに作っているつもりもなかったですから。ただ昔は、ヒップホップを聴いている人以外聴いてくれなかったし、CDの数もほとんどヒップホップを聴いている人の数しか作ってなかったから、〈普通の人にも届く音楽〉と言われても、そういう状況じゃなかった。いまは、そういう状況になった、ということだけですね」(LITTLE)。

 2002年のキックの活躍はめざましかった。1月のシングル“マルシェ”にはじまり、フル・アルバム『VITALIZER』、さらにシングル“ONEWAY”“sayonara sayonara”“アンバランス”“地球ブルース〜337〜/DJDJ(for RADIO)”“TORIIIIIICO!”と、矢継ぎ早のリリース。そして、夏の野外イヴェントやヒップホップ発祥の地ニューヨークでのライヴ、初めての武道館ワンマン公演、その締めくくりが大晦日の紅白歌合戦ということになった。それだけではない、年が明けて2003年の元旦には、メジャー2枚目のフル・アルバム『magic number』がリリースされる。一年の締めくくりと新しい出発。怒濤の快進撃だ。

 
“アンバランス”ほかも収録された、2003年1月1日にリリースされるKICK THE CAN CREWのメジャー・セカンド・アルバム『magic number』(ワーナー)

「年表みたいに挙げていくとけっこういろいろやって、長かった気もするけど、全部同時にやってましたからね。ニューヨークでも帰ってからの仕事の打ち合わせがあったり、アルバムのときも“地球ブルース〜337〜/DJDJ(for RADIO)”が並行してたり。武道館のときはアルバム制作中だったりと前後に重なってたから。アルバムが出来上がりましたと言ったら、次の日からプロモーションで(笑)。達成感とか味わう余裕なかった」(LITTLE)。

 「忙しかったっすね。あんまりいろんなこと考えなかったっすけど、ステップアップしてないとね。キチンとしたものが出来ればいいなというだけっすね」(MCU)。

 「やりたいことやってると思ってもらえるのがイイですよね。実際、俺たちはやりたいことをやってるんで。今回はこうきたか、と思ってもらえるのがうれしい。それと俺は親孝行がしたいですね。武道館とか紅白とかもそれに尽きるという感じで。そんなに大それたものじゃないですけど(笑)」(KREVA)。

 各メンバーのソロ・ワークの一部を紹介
MCU feat. 浜崎貴司“幸せであるように”(ワーナー)
LITTLEの初ソロ・アルバム『Mr. COMPACT』(inDIVE/ソニー)
KREVAとNG HEADの共演曲“Zubi Zubi 24/7”を収めたHome Grown『Home Grown』(ポニーキャニオン)

いままでできないことができるようになった

この新作『magic number』は全15曲。リズムの多様さや全体の構成の流れや音の表情や拡がり。3人の言葉のキャラの違い。どれをとっても前作を凌ぐだろう。とくにトラックの密度はそれだけでも聴ける、トータルで心地良い起伏を作り出している。

 「機材を変えたんですよ。MPC4000という機材なんですけど、いままでできないことができるようになった、それは大きい。トラックのカラフル感は変わってないんですけど、前作はリズムが淡泊過ぎたなと思ったんで、そこは気を遣いましたね」(KREVA)。

 その最たる例が、3人がそれぞれ別々にフックを書いている“movingman”だろう。引っ越しをテーマにそれぞれの日常を歌い込んだ言葉はフォーク・ソングのようでもあり、なんとガット・ギターのフレーズもすべてシンセで作ったというこだわりを見せている。

 「KREVAがトラックを作ったときに〈引っ越し〉の歌をやりたいと言って、俺たちもそういうのをやりたかったし。3人とも部屋を借りたけど事情がみんな違うし、ひとつのサビにまとめるのも嘘くさい。なんでもサビにしちゃうのも妙だから、それぞれが書いたんだけど。こういうのキライじゃないですよ」(LITTLE)。

 「いままで楽器を使っても本物っぽく使ったことがないんで、本物っぽく使うのもおもしろいなと思って。これからの俺のギターはこれということで(笑)」(KREVA)。

 このアルバムのなかには2つの流れがある。ひとつはみんなで大騒ぎするようなパーテイー・チューン。そしてもうひとつは、いまの世の中での自分たちの位置や有り様を鮮明にしたような内省的な曲。〈なにかしなくちゃ〉と強迫観念のように〈夢〉に追われる心理を歌った“ナニカ”も、そんな曲だ。

 「ドラマティックじゃないと夢じゃない、みたいな風潮がイヤだよね。魚屋のオッチャンの話は説教で、TVに出てる人がなにか言うと夢みたいに捉えられたり。魚屋のオッチャンになりたいって言っても、〈ア、そう〉で終わるのに、歌手になりてぇって言うと、〈それは夢〉みたいな。魚屋のオッチャンよりポッと出のラッパーのほうがスゲエ、みたいなのはイヤ」(LITTLE)。

 自分たちの事務所への想いや、パーティーのあとの静けさ、現在のシーンと自分たちの関係を歌った曲もある。そのなかでLITTLEは、氾濫する〈リスペクト〉ブームにも言及している。

 「若いMCたちが〈リスペクト〉とか言って縮こまっているのはイヤだよね。ホントはすげえ好きじゃなくてもリスペクトしてますとか言うじゃない。そんなことイイからもっと言いたいこと言って俺たちのことも叩いてのし上がっていってほしいよ」(LITTLE)。

 ヒップホップの枠を崩しつつ、ヒップホップの自由さとおもしろさを最大限追求する彼ら。武道館のステージにDJを3人並べたアンコールも圧巻だった。

 「初めての人もそうじゃない人も、一回、素直にこのアルバムを聴いてもらえればと思います。なるべくフラットに聴いてもらうともっと楽しめると思います」(KREVA)。

 ジャンルを越えた音楽のマジックが全体を貫いているこのアルバムは、年明け早々2003年のシーンを占う一枚になるだろう。

 「ヒップヒップ好きの若者たちに言いたいのは、買うならMPC4000(笑)。ヒップホップ嫌いの人たちには、もし、これがヒップホップじゃなかったら、このアルバムの帯に〈ヒップホップ〉と書いてなかったらどうですか?と問いたい」(KREVA)。

 KICK THE CAN CREWがリリースしたアルバムを紹介
2000年のインディーでの初オリジナル・アルバム『YOUNG KING』(UTOPIA)
2001年のインディー時代のベスト・アルバム『GREATEST HITS』(BURGER INN)
2002年のメジャー・ファースト・アルバム『VITALIZER』(ワーナー)

文/早川 加奈子

KICK THE CAN CREW
11月30日(土)東京・日本武道館



まさしく〈どデカいパーティー〉だった。なんせド頭からステージじゃなくアリーナ席の真後ろ、1Fスタンド席前にぐるりと設置されたバルコニー状の花道のド真ん中にある奈落からリフターでメンバー登場。しかも、早くも3曲目にしてCRAZY-Aとダンサーがステージに登場したかと思えば、バルコニー花道にも数10人のダンサーがわんさか登場。つぎの“御輿ロッカーズ”でRhymesterのMUMMY-D+宇多丸の2MCも登場しステージ上に炎まで上がるといういきなりの大盤振る舞い。その後も、地球風船は客席を舞うわ、キャノン砲はぶっ放されるわでとにかく演出がド派手。それでも、ステージ上は基本的には3MC+ターンテーブル1台のみ、という平常どおりのシンプルなスタイル。要は、いつものクラブでのパーティーが異様にデカイ規模で開催されている、といったところか。トラックや会場の性質上もあるがボトムの音がやや弱めだったり、アリーナが着席だったせいかレスポンスもいまひとつだったりといった課題もあるにはある。とはいえ、名曲“LIFELINE”で総勢12名のストリングス隊をバックにラップしてみせたり、アンコールでDJ SHUHO、DJ TATSUTA、ROCK-Teeの3DJが3台のターンテーブルでスピンしてみせるなどのシーンで、〈武道館でヒップホップ〉の落とし前はキッチリつけられていた。その点でも、今後へ続くひとつの〈軌跡〉と呼ぶべき一夜になったのでは?

文/内田暁男

重なり合い響く、キック周辺クルーのフレッシュな活躍ぶりにも注目!!

11月にリリースされた、キックが主宰するイヴェント名でもあるDYNAMITEのコンピ『Adjust Audio Dynamite』から、まず紹介したいのがアルファ。MCUが若手ヒップホップ・アーティスト20人とオーガナイズする東京U家族の一員でもある彼らは、先頃リリースされた奇想天外なファースト・フル・アルバム『エンドルフィン』で頭ひとつ抜き出た印象だ。また、小学生からの幼馴染みであるKREVAとの伝説的なユニット、BY PHAR THE DOPESTを経てソロで活動するCUE ZEROの男気に溢れる語り口も、DYNAMITEの強いアクセント。『magic number』の先行シングルのひとつ“TORIIIIIICO!”でもフィーチャーされたカセビことCASSETTE VISIONクルーの一員でもある彼は、2003年2月にニュー・アルバムが予定されている。『magic number』でも2曲をプロデュースした、同じくDYNAMITE〜CASSETTE VISIONの一員、DJ TATSUTAはそんなCUE ZEROとも関係が深い。

 キックとはF.G.ことFUNKY GRAMMAR UNITで繋がっている2組の、ここ1〜2年の躍進もあらためて特筆したい。RIP SLYME『5』中の“Freak Show”でフィーチャーされたのち、2001年に6年ぶりのセカンド・アルバム『CRAZY CLIMBER』をリリースして気を吐いたMELLOW YELLOW、そしてキックをフィーチャーした“10Balls+2”を収めた『ウワサの真相』でメジャー進出後も、バンドとの野心的なリアレンジ・セッション・アルバム『ウワサの伴奏-And The Band Played On-』をリリースして進撃を続ける10年(以上)選手、Rhymester。ちなみにMUMMY-DがMr.Drunk名義で手掛けたLITTLEの“CHILD PLAY”(『Adjust Audio Dynamite』にも収録)は出色の出来だ。

 先頃シングル“世界はおまえの手に”をリリースした、キックとは長い付き合いになる童子-Tやファースト・アルバム『言霊』をリリースしたばかりのUZIなど、ほかの繋がりも挙げればキリがないが、つまり新旧問わずさまざまなアーティストとも交流しながら、キックはその太い幹をさらに太くしてきたのだ。

 文中に登場したアーティストの作品を紹介
コンピ『Adjust Audio Dynamite』(ワーナー)
アルファ『エンドルフィン』(東芝EMI)
東京U家族『人間大学青空学部』(BURGER INN)
CUE ZEROのファースト・アルバム『ZERO』(adjust audio)


KICK THE CAN CREW feat. CASSETTE VISION“TORIIIIIICO!”(ワーナー)
MELLOW YELLOW『CRAZY CLIMBER』(NEXT LEVEL/ファイル)
Rhymester『ウワサの伴奏-And The Band Played On-』(NEXT LEVEL/キューン)
童子-T“世界はおまえの手に”(ユニバーサルJ)

この記事をflogに追加
この記事をはてなブックマークに追加

インタビューへ戻る


この記事にはトラックバックが可能です
この記事のトラックバックURL:
http://www.bounce.com/tb.php/12850
▼トラックバック一覧(1個)
童子-T/MARK YOURSELF/12・7発売  from なんとなくやる
『トラック』 1.MARK YOURSELF 2.In-mail(acoustic version) 3.MARK YOURSELF (INSTRUMENTAL) 4.In-mail(acoustic version)(INSTRUME…
Tracked on 2005年11月12日 8時26分

複数キーワードによる検索も使えます!